マンスフィールド・パークの人たちの食事
ジェーン・オースティン作品に食べ物が登場するのは比較的少ないが、その中でかなり頻回に食事の描写があるのはマンスフィールド・パークとエマ、それに未完の小品レスリー城がある。なかでもマンスフィールド・パークでは、ファニー・プライスの生家の食卓とマンスフィールドでの食事との対比、美食家のグラント牧師の描写が興味深く、レスリー城ではヒロインの一人が料理大好きだったりして面白い。
マンスフィールド・パーク
マンスフィールドに到着した10歳のファニー・プライスは、長旅の疲れとホームシックで勧められたグースベリー・タルトを味わうどころではない。
グースベリー・タルト(スグリのパイ)
スグリは、ユキノシタ科スグリ属の低木で、果実は2〜10g、円形または楕円形で、熟すると淡緑、黄白、赤色などになる。寒地、高冷地に適し、日本では7−8月が熟期で、北海道に多い、果皮は厚いが甘味に富む。生で食べるほか、ジャム、ゼリー、シロップ漬、果実酒などに加工する
ミスタ・ノリスの死後、グラント牧師夫妻が着任した。ドクター・グラント牧師は美食家で、毎日でも豪華な晩餐を楽しみたい。ミセス・ノリスの憤慨の種は、ミセス・グラントが牧師の妻にあるまじき生活態度で、節約をするどころか、料理人にマンスフィールドと同じような高賃金を払いバターや卵をふんだんに使わせることだった。
サー・トーマスとトムはアンティグアへ赴くが、レイディ・バートラムは二人が留守でも、マンスフィールド・パークでは毎日が順調に行くので吃驚する。食卓で肉を切り分けたり、執事や召使に用を言いつけたりするのはエドマンドの役目だった。
サー・トーマスが七シリングで牧師館のために買い求めたムーアパーク種のアプリコットの実は、グラント牧師とノリス夫人の「生でも美味しくデザートに食べられるか、煮るよりしかないか」という論争の種となる。
アプリコット:バラ科、中国原産、あんず。日本杏、中国杏、ヨーロッパ杏がある。果実は黄色で、酸が強く、主として加工用だが、ヨーロッパ杏は酸も少なく、香が高いものもある。生食のほか、シロップ漬、ジャム、干しあんず、ジュースなどに加工する。
何年もたって、ファニーはバトラーを先頭にお茶の盆、壷、ケーキをささげもった行列が部屋へ入ってきたおかげで、ヘンリー・クロフォードの口説から逃れることができたが、エドマンドからマデイラ酒を勧められるほうがずっとよいと思う。
マデイラ酒:アフリカ北西岸沖にあるマデイラ諸島で産する白ワインにブランデーを添加し、樽につめて特別の温室に置き、50℃で2,3ヶ月熟成させる。ワインはいくぶん色が濃くなり、独特の芳香が生成される。
グラント牧師は食べることが大好きで、毎日でも豪華な晩餐を楽しみたく、ミセス・ノリスの憤慨の種は、ミセス・グラントが節約どころか、料理人にマンスフィールドと同じような高賃金を払い、バターや卵をふんだんに使わせることだった。
ミセス・グラントは鶏を飼ったり、野菜を植えたりして食卓を賑わせる。サー・トーマスが牧師館のために七シリングを払って買ったアプリコットの実は、グラント牧師とノリス夫人の「生でも美味しくデザートに食べられるか、煮るよりしかないか」という論争の種となる。
アプリコット:バラ科、中国原産、あんず。日本杏、中国杏、ヨーロッパ杏がある。果実は黄色で、酸が強く、主として加工用だが、ヨーロッパ杏は酸も少なく、香が高いものもある。生食のほか、シロップ漬、ジャム、干しあんず、ジュースなどに加工する。
ヘンリーとメアリー・クロフォードの牧師館滞在は、ミスタ・グラントに毎日クラレットを飲む口実を与える。
クラレット:ボルドー産赤ワイン
1804年酒類の平均価格(1ダース当り);
マデイラ酒 63シリング
クラレット 70シリング
ラム 15シリング
牧師が飲む酒としてはクラレットは高価で、ミセス・ノリスの憤慨も当然かも知れない。一方、ラムはとても安価で、ファニーの父ミスタ・プライスが愛飲する。
ある日、クロフォード兄妹がマンスフィールドを予告なしに訪ねる。メアリーはこの理由を説明して曰く、
「ミスタ・グラントは、無精で自分のことだけしか考えない美食家で、食事にうるさく、他人のためには指1本動かさず、料理人が間違いをしようものなら妻に八つ当たりする。本当のところ、ミスター・グラントがガチョウのひなの料理の仕方が悪いといって機嫌が悪いので、追い出されたようなものです」
メアリーはさらに数日後、
「ドクター・グラントは具合が悪いの。今日はキジが食べられなかったので。肉が硬いと言って、皿を下げさせ、それ以来ずっとご機嫌が悪くて」
ファニーとエドマンドはグラント家から食事の招待を受けるが、それはミセス・グラントによると、
「ドクター・グラントは忙しく働いた日曜に七面鳥をいただくのが好きなので、日曜までは下ごしらえをしないようにと特に料理人に言っておいたのに、下ごしらえをしてしまったので、明日までしかもたないと思って。愚痴みたいなものですけれど、お天気も何時になく蒸し暑いので」
ガチョウ、七面鳥などの家禽や鳩、キジなどの猟鳥を使った料理が人気だった。
キジ:ヤマドリを含む。肉には一種の臭みがあり、硬いので、撃ち落とした後、内蔵と血液を除き、4−5日保存した後に調理する。調理法は鶏とほぼ同じ。
七面鳥:北米原産のキジ科の大きな鳥(6キロから10キロ)。肉は大味で感謝祭・クリスマスなどに供される。大きいので、招宴用としてローストされる。その他の料理法に、ブレーゼ(煮焼)、ボイル、クリーム煮などがある。
トする
ガチョウ:ローストする
鳩:炒めて野菜と煮込んだり、ホワイトソース(フリカッセ)で煮たりした。
鳩のパイ:牛肉を細切れにして焼き皿に敷き詰め、鳩を掃除してバターを塗り、肉の上に乗せる。鳩の上にハムをのせ、卵黄とブイヨンを混ぜて鳩にかける。上からパイ皮を載せ、オーブンで1時間半焼く
以上のように、グラント家では料理の量が多いのがわかる。ミセス・ノリスはファニーが牧師館に招待されたのが悔しくて「あの大きなテーブルに五人だなんて、洗練されていないわね」と厭味を言う。
サー・トーマスとトムが留守だと、マンスフィールド・パークの食事はつまらなく、スープもワインも微笑ひとつなしに供され、鹿肉を切るにしてもエドワードは面白い話ひとつするわけでもない。
鹿肉:淡白だが固い。ローストにする。
サー・トーマスがアンティグアから帰国後、バートラム家全員が牧師館に招待されるが、グラント家としては普通の量、他の人たちにとっては多すぎる食事が供される。
八年ぶりにポーツマスの実家へ戻されたファニーは、ショックを受ける。プライス家の住む通りには肉屋がないので、プライス夫人は忙しくてステーキの下ごしらえをする時間がなく、三人の弟たちは下校後トーストしたチーズを夕食に食べ、父は女中にラムと水をもってこい」と大声で命ずる。パンもバターも油っぽく、ミルクは水が混ぜられていて、青みを帯びていて、お皿も、ナイフもフォークもきれいに洗われていず、女中の作るプディングもハッシュもファニーの口にあわないので、夜になって弟たちにビスケットやバンを買いに行かせるのだった。家事もせず、子育てに追われる一方で、子どもの食事にも気をくばらないミセス・プライスの様子が描かれ、酒飲みの父の様子も窺われる。
ステーキの下ごしらえとは、適当な部位を切り取って、形をととのえること。
トーステッド・チーズ:固くなったチーズを火であぶって食べる。
プディング:細長い布袋に小さく切った肉を入れて茹でたもの(ソーセージ様);
練り粉を入れたヨークシャー・プディングはオーブンで焼く。
ライス・プディングは米とレーズンを布袋に入れ、水にいれて米が煮えるまで煮る。溶かしバターと砂糖をかけて供する。
19世紀には、デザートといえば食後の甘いものを意味するようになった。
ハッシュ:残り物の牛肉、ジャガイモその他の野菜を細かく切って、炒めたり、煮込んだもの
ビスケットやパン:18世紀になってパン売りが登場した。ビスケットはスコーンなどを指すこともあり、クッキーを指す。
ラム:糖蜜、サトウキビを原料とした蒸留酒。カリブ海域で製造される。アルコール分は40%前後。ストレートで飲むほか、カクテルのベースにしたり、水割りにする。
最終章では、ドクター・グラントは、ウエストミンスター寺院に職を得、気まずい思いをすることなくマンスフィールドを離れてロンドンへ赴くが、「その後、一週間のうちに三度も叙位の祝宴に出席し、脳卒中で死ぬ」
脳卒中:美食の直接の結果の死因というよりは、食生活の偏りから高血圧、動脈硬化などが起こり、そのせいで脳卒中(脳出血または脳梗塞)を起して死んだと思われる。
レスリー城
一方、オースティンが16歳の時に書いたレスリー城には具体的な料理の名前が出て来て、料理好きは興味をそそられる。レスリー城は未完の書簡体小品で、学校友だちの間の手紙でかなり荒唐無稽風の筋書が語られる。ストーリーの紹介は別の機会に譲るとして、料理について概説する。
ヒロインの一人、シャーロットは自分が結婚するより、結婚の宴の手配をしたり、料理を考えるのが好きだという。姉の婚約者が結婚式の直前に落馬して死んだときも、準備した料理をどう処分するかの方が気にかかる。
献立は、ローストビーフ、羊肉の焙焼、スープ、シチュー、コールドハム、チキンやターキー、タンのコールドミート、鳩パイ、ゼリーなど。
こうして見てみると、オースティンの時代には冷蔵庫こそ無いものの、現代の西欧とあまり変わらない食事の内容だったらしいことがわかる。ただグラント牧師の例を待つまでもなく、食事と健康の関連はあまり考えていなかった様子で、ある公衆衛生学者によるとその頃の平均寿命は、乳幼児死亡率が高かったこともあって、40歳すぎだったという。
オースティンが42歳で亡くなったのを、我々は若すぎる死だと思うが、平均寿命を生きたわけである。
参考文献
:ヒューズ・C:19世紀イギリスの日常生活(植松靖夫訳)松柏社、1999
:桜井芳人編:総合食品事典、同文書院、1986
:Pool, D: What Jane Austen Ate and Charles Dickens Knew.
TOUCHSTONE, 1993, New York
:Black, M.& Le Faye, D: The Jane Austen Cookbook.